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2011年9月2日金曜日

2011遠野じんぎすかんマラソン(その2:ボランティア・遠野⇒陸前高田編)

8月28日(日)

遠野駅から歩いて20分ほどで、遠野まごころネットがある「遠野市総合福祉センター」に到着しました。想像していた以上に大きな建物で、その中でたくさんの人が活動しています。

午後5時前に、ボランティアの登録を済ませ、初参加者のためのガイダンスを受けました。

(※ボランティアを行うには、ボランティア保険の加入が必要となります。7月にいわき市でボランティアをしたときに加入できたので、それを利用しました。)

いわき市では、全国から派遣された自治体職員の方が多かったのですが、遠野では、まとめ、仕切るスタッフは全てボランティアの人が行っていました。
ボランティアに来る人の大半は、この建物の体育館等に宿泊するので、宿泊上の注意なども、細かく決められていました。

午後5時半からは、体育館で全体ミーティングが行われ、その日のボランティアの作業内容の確認、課題など意見交換、明日の作業確認、緒連絡が行われました。(私は帰ってしまいましたが、その日の夜は、歌手の白井貴子さんが訪れたようです。)


夏休み中ということもあり、ボランティアは、団体での大学生の参加者が多く、その他、様々な年代の人が集まっていました。女性の割合は2割ぐらいの感じです。いわき市のボランティアは、首都圏の人が多かったのですが、遠野では、関西を中心に西日本からの参加者の割合が高い感じがしました。

また、日本人に混ざって、フランス人の女性をはじめ、外国人のボランティアの方も何人か見かけました。(海外からボランティアのために訪れてくれる、自分だったらどうするだろうと考えると、本当にありがたい気持ちになります。)

午後6時過ぎに、ミーティングが終了し、明日の朝食・昼食・飲み物を帰り道、スーパーで調達して、駅前の宿に戻って、岩手県内では、まだ見られるアナログテレビで、世界陸上を見つつ、就寝しました。


8月29日(月)


朝6時起床、7時前に宿を出て、遠野まごころネットへ、ラジオ体操、挨拶、緒注意のあと、本日の作業分担がありました。当日は、釜石市、大槌町、陸前高田市の3カ所(どこも遠野から車で1時間ちょっとの距離です。)での作業で、初参加の人は、陸前高田市に割り振られました。
6月に釜石、大槌は訪れていたので、陸前高田は希望通りの場所でした。
朝8時過ぎ、百数十人がマイクロバスで何台かに分乗し陸前高田に向かいました。

(※ボランティア活動中は、原則、写真撮影が禁止されているので、画像はありません。)

遠野の町、6月に訪れた時は、自衛隊の車両が目立ちましたが、今は撤退して、支援に向かう車はバスとトラックが中心です。
道の途中、「支援ありがとう」の横断幕をいくつも見かけました。
陸前高田市に入り、「川の道よこて」でトイレ休憩、陸前高田の野菜なども売られていて、昼食として購入する人もいました。
http://www.sanchoku-iwate.com/pc/contents/shop/f5_36.html

仮設の住宅、店舗などが目立った通りを過ぎ、海へ近づくと町の風景が一変して、車内も、静まり返っていました。多くの瓦礫は回収されましたが、無数の車、瓦礫が特定の箇所に集められて、日常とは程遠い光景のままでした。

3か月前に比べて、雑草が伸び、一見、未開拓のニュータウンのようでしたが、街の中心部で住宅街で、高田松原があり観光地で一番賑わったいた場所だったのに、工事車両だけが行き交う場所に変わってしまいました。

陸前高田の一本松は、頑張って立っていましたが、葉が多少茶色がかっていて、枯れないか気がかりです。

海のそばには津波に飲み込まれ全壊した中学校の校舎もありました。

9時半過ぎ、海岸近くの作業現場に到着しました。グループ毎に作業が割り当てられ、津波で流された家、道路のガラスなどのごみ除去、雑草とりの仕事となりました。

この場所は、魚の加工工場があって、津波によって魚が散乱して、ゴールデンウィーク時には、腐敗臭がかなりきつかったらしいのですが、当日は、匂いは消えていました。
********************
岩手日報 魚の腐敗臭、何とかして 陸前高田の住民不安(2011.5.23)
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110523_13

津波で大きな瓦礫は取り除かれ、広い野原のようになり、そこにわずかに残る建物は、骨組みだけ残しています。作業現場も、瓦礫は撤去され更地にはなっていましたが、土の中に、ガラスや茶碗、本やノートが出てきて、何とも言えない感情になりました。

何度か休憩を入れながら、午前の作業が終了して、バスに戻って昼食。トイレは、移動式バイオトイレカーが用意されていたので、困ることはありませんでした。

午後の作業に入るところで、先ほどの作業の場所で、骨が発見され、人が動物か判断できないものの、警察による捜索が始まりました。(徳島県警のパトカーで10人ほどで作業されていました。)大槌、釜石でも同様に、ボランティアの作業中に御遺骨が見つかることが毎日のようにあるそうで、震災の被害の甚大さを物語っています。

捜索現場から多少離れたところで作業を再開し、ピークを過ぎたとはいえ、気温30度近い中、汗だくになりながら、14時半過ぎ、作業が終了しました。

全てを片づけて、元通りの町に戻すにはまだ相当な時間がかかりそうですが、一人ひとり小さな力でも集まれば、ちょっとずつでも、前へ進んでいると思いました。

帰路、再び、陸前高田の中心部を通ると、市内を走る大船渡線の線路が、手つかずのまま、残されているのが見えました。駅舎も流れて、駅の面影もかすかに残るだけでした。(新幹線の復旧は早かったのですが、ローカル線はどうしても後回しにされてしまいます。)

帰りの川の駅で、陸前高田一本松クッキーを買って、午後4時過ぎ、遠野まごころネットに戻って、本日の任務完了しました。
帰りは17時過ぎに遠野駅から釜石線に乗り、新花巻駅から新幹線で東京に戻りました。家に着いたは22時半近くでした。


遠野まごころネット (力仕事以外にも様々なボランティア活動内容が紹介されています。)
http://tonomagokoro.net/

こちらの方のブログに遠野でのボランティア活動の作業内容が詳しく書かれております。
http://wada.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-d9f2.html

2011年8月31日水曜日

2011遠野じんぎすかんマラソン(その1:レース編)

遠野じんぎすかんマラソン (2011年8月28日(日))

8月の最終週、一昨年は北海道、昨年は長崎五島列島、今年は岩手県遠野へ4年ぶりの大会出場です。

4年前ジンギスカンに釣られて参加したのですが、遠野の昔の田舎の面影を残す風景に魅せられて、さらに仕事で訪れる機会があり、震災後も6月に訪れて、今回で4度目の遠野になります。

遠野は岩手県の内陸部にあり、宮古、大槌、釜石、大船渡、陸前高田など、今回、甚大な被害を受けた三陸海岸の都市の災害支援・ボランティア活動拠点として、震災発生当時から活動しています。

今回はさすがにマラソン大会は中止になるかと思ったのですが、ハーフマラソンは中止で、最長10キロになりましたが、開催されることがわかり、日曜にマラソン、月曜にボランティアの予定で遠征を決めました。
8月27日(土)、遠野は災害復旧に携わる関係者やボランティアの方などで宿泊施設は満室状態が続いていて、予約が取れなかったので、夜行の高速バスで秋葉原から遠野に向かうことにしました。

高速バスは1年ぶり、前回は寝るのに苦労しましたが、今回は5時間ぐらいは寝ることができました。朝5時45分、道の駅遠野風の丘に到着しました。新幹線を利用しても在来線を乗り継いで遠野まで5時間かかるので、乗り継ぎなしの高速バスで7時間半は、結構快適でした。
 

道の駅では、岩手地産地消の自販機があり、遠野りんごジュースを飲みながら、会場まで歩き始めました。
(大会会場は一つ先のバス停(遠野駅)の方が近いのですが、早く着き過ぎてしまうので、約3キロ近く、ウォーミングアップで歩くことにしました。)
8月なのに早朝は肌寒く、田舎の道は歩いていて心地よかったです。
 

遠野駅に到着、カッパがたくさんいます。そこから歩いて10分、会場に到着しました。
受付をすまして、朝7時過ぎ、スタートまでは、まだ3時間あったので、スタート地点の喫茶で朝食をとりました。
 

朝8時を過ぎると、人が集まりはじめ、日も差し始め暑くなってきました。体育館で寛ぎつつ、ウォーミングアップをしつつスタートを待ちました。
 


ゴール後、振る舞われるジンギスカンの準備も始まりスタートが近づいてきました。
3キロの部、5キロの部が先にスタートし、10キロの部が始まる前には、真夏の暑さになっていました。

10時10分、10キロの部がスタートしました。今回は、夜行バスでの出場、暑いこともあり、前半は抑えて走りました。遠野市街地での長閑な応援を受けながら、フラットなコースを走って行きました。
キロ4分50秒前後、ベストの時のハーフマラソンよりも遅いペースですが、暑さでそれほど楽ではありませんでした。5キロ24分強で折り返して後半に入りましたが、思ったほどペースを上げられず、むしろ追い抜かれることも。。。10キロの部は400人程の参加ですが、公認コースということもありレベルの高いランナーが多い気がしました。

今日、ハーフマラソンでなくて良かったと思いつつ、ラスト1キロ、ジンギスカンの香りが漂いはじめた中心市街地を走りぬけてゴールしました。
48分43秒、終わってみればイーブンペース、タイム以上に疲れたレースでした。

0-5km 24:15
5-10km 24:28
参加賞:Tシャツ、じんぎすかん
 

体育館でシャワーを浴びて、お待ちかねジンギスカン、4年前はハーフマラソンだったので、完走後は暑さと疲れであまり食べられなかったのですが、今回は、美味しく頂きました。

長閑な街、長閑な雰囲気、地元の温かさを感じられた大会でした。


※ 遠野のジンギスカンは穴あきバケツを使うのが特徴で町の金物屋さんで売っています。(写真左)
※ 遠野市のジンギスカンの元祖のお店(写真右)

その後、今回の震災で市内で一番大きな被害を受けた遠野市役所へ行きました。
3か月前は庁舎が残っていましたが、現在は取り壊されて更地になっていました。
(市役所機能の大半は、市内のショッピングセンター内に移動しています。)


6月の遠野市役所

現在の市役所












それから遠野駅に戻ると、街中を馬車が走っていました。



午後は、駅でレンタサイクルを借りて、市内を散策、朝と同じく再び道の駅に立ち寄り、ジンギスカン定食を食べました。
(遠野市内中心部を車も少なく静かですが、バイパス沿いになると、交通量も激しく、人も多く賑わっています。)


さらに、自転車で30分ほどかけて南部曲り家千葉家へ行きました。地震の影響で一部損壊があり、ブルーシートがかぶせられていましたが、江戸時代にタイムスリップした気分を味わえました。


帰りは、ごまソフトクリームを食べつつ、再び自転車を飛ばして、遠野駅に戻って返却。日曜の夜は宿がとれたので、駅前の民宿にチェックインして、明日行うボランティア活動のため、遠野市総合福祉センターに徒歩で向かいました。

  (ボランティア編に続く)
2007年遠野じんぎすかんマラソン http://marathon-world.blogspot.com/2007/08/blog-post_544.html
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2007年8月27日月曜日

2007遠野じんぎすかんマラソン
















2007年8月26日 (日) ハーフ

週末は、東北・岩手県で行われた遠野じんぎすかんマラソン(ハーフ)に参加してきました。
遠野は以前から行きたい場所ではあったのですが、大会名が昨年の「民話の里ほのぼのマラソン」から「じんぎすかんマラソン」に変わり、興味をそそられました。

土曜日は、まず盛岡に行き、乗り継ぎの時間を利用して、駅前で冷麺を食べて、新花巻に戻り、ローカル列車の釜石線に乗って、遠野へ向かいました。花巻から遠野までは、集落がほとんど見当たらず田畑と山・川が続き、途中駅も駅舎はなく、ホームだけといった素朴な雰囲気でした。東京出発から5時間後、遠野に到着しました。遠野駅は、ホテルも兼ねていて、釜石線の中では飛びぬけて立派な駅(といっても1時間半に1本ぐらいしか電車は走っていません。)で、街も、普通の地方都市のような賑わいがありました(しかし、駅周辺にはコンビニは1件もありませんでした。)。

夕方、ホテルのチェックインを済まし、レンタサイクルで街を散策しました。駅を離れると田園風景が広がるのどかな場所、どこか自分の田舎に似た雰囲気で落ち着きました。

そして、日曜日、大会当日、朝から日差しがきつく、東京と変わらない暑さです。会場は地元参加者(小中学生)を中心に1000人ほど、こじんまりとした感じです。ハーフの部の参加者は、130人(うち女性は10人程度)、いつもよりかなり前の位置で、午前10時にスタートしました。コースは、市街地を抜けて、周囲田園のフラットな道路を走り、一旦スタート地点に戻って、今度は、反対方向の田園を望む道路(若干アップダウンあり)を往復する陸連公認コースです。

少数精鋭で、暑いのに周りのランナーが速く、どんどん抜かされました。日陰がなく、照り続ける太陽に体力が消耗し、沿道の声援に何とか踏ん張ったのですが、15km過ぎの折り返し後、追い風になって、顔の熱が冷やされず上昇してきて、ペースダウンしてきました。ゴールまでの6km前後の走るランナー間隔が広くなり、追い抜くことも・抜かれることもなくほとんどなく、それほどペースダウンしていない感覚で走っていたのですが、ゴールタイムが2時間を越えてしまっていたことにびっくり、想像以上に暑さに消耗していました。

脱水症状に近い状態でゴールしたので、目的であるゴール後のジンギスカンサービスも、あまり食欲がわきませんでした。少し落ち着いてから食べました(普通の状態の時、食べれたらもっと良かったのにと思いました)。あとこの大会、参加賞の帽子の他に、5人に1人の確率で当たるラッキー賞(農産物(とうもろこし、ピーマン、きゅうり)等)があるのですが、当たらず、係の人に「遠方賞はないのですか?」と尋ねたら、「沖縄から来た人にあげました」と回答、がっかりしてその場を去ると、若いお兄さんが駆け寄り「これ、どうぞ」と言われラッキー賞の商品を渡されました。ちょっと悪いことしたかなと思いつつ、ありがたく頂きました。























帰りは、釜石線の土沢駅で途中下車して東和温泉(http://www.towa-spa.co.jp/)に入って疲れを癒して、東京に戻りました。

参加賞:キャップ、ランドリーバッグ、アミノサプリ、市内入浴割引券、ジンギスカン(一皿)サービス

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マラソンの記録

【フルマラソン】

◆男子世界記録 2時間00分35秒 ケルビン・キプタム(ケニア) 2023年10月 シカゴマラソン (2分51秒5/km)

◆男子日本記録 2時間04分56秒 鈴木 健吾 2021年2月 びわ湖毎日マラソン(2分57秒7/km)

◆女子世界記録 2時間09分56秒 ルース・チェプンゲティッチ (ケニア) 2024年10月 シカゴマラソン (3分05秒/km)

◆女子日本記録 2時間18分59秒 前田穂南 2024年1月 大阪国際女子マラソン (3分18秒/km)

◆自己記録  3時間37分32秒 2013年12月 青島太平洋マラソン(5分09秒/km)


【100km】

◆男子世界記録 6時間05分35秒 Aleksandr SOROKIN (リトアニア)  2023年5月 Vilnius (LTU) (3分39秒/km)

◆女子世界記録 6時間33分11秒 安部 友恵 (日本) 2000年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン (3分56秒/km)

◆自己記録 12時間13分41秒  2009年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン(7分20秒/km)

記録

【ハーフマラソン】
◆男子世界記録
 57分30秒 Y.ケジェルチャ(エチオピア) 2024年10月(スペイン・バレンシア)(2分44秒/km)
◆男子日本記録 1時間00分00秒 小椋 裕介 2020年2月(香川丸亀国際ハーフ)(2分50秒6/km)
◆女子世界記録 1時間02分52秒 レテセンベト・ギデイ(エチオピア)2021年10月スペイン・バレンシアハーフマラソン (2:58.8/km)
◆女子日本記録 1時間06分38秒 新谷仁美 2020年1月 米国・ヒューストンハーフマラソン (3:09.5/km)
◆自己記録  1時間37分12秒 2013年11月 江東シーサイドマラソン(4分36秒/km)