つづきです。
2012年2月26日(日) 9:10 東京マラソン スタート
今回の東京マラソンは、
1)初めての2月のフルマラソン(その他1月、7月はなし)
2)12年ぶりの東京でのフルマラソン (荒川以来)
3)完走すれば、20歳のつくばから始まって60回目の完走 (出走は64回目(北海道2回、長野1回、田沢湖1回、関門閉鎖で棄権あり)
そんな記念の大会となります。
年度末に仕事が忙しく、1~3月のフルマラソンは体力的・時間的に厳しく避けていて、春先と10月~12月に前泊して長野や別海町や青島を走っていたのですが、東京マラソンなら、多忙でもコース上に職場があるので何とか?なります。
とはいえ、東京マラソンに向けた練習はとれず、12月~1月は、奥むさし駅伝出場のため、長い距離を走らず、短い5キロの距離をひたすら走っていて、2月は多忙で、10キロレース2回のみで、完全に走り込み不足です。
それでも東京マラソン前週の10キロでは、スピード練習の成果は出て、初めて43分台でを出して、ひょっとしたら、東京マラソンでも自己ベストを出せるかもしれないとささやかな期待を抱きました。
東京マラソンでは、30キロまでもたないかもしれないと思いつつ、5キロ25分30秒のペースで走ることにしました。
*********************
「スタートのピストルで紙吹雪が舞う」、テレビでしか見られなかった光景を、目の当たりにできる幸せ。おまけに、一番、紙吹雪を浴びれる絶好のポジションで、東京マラソンを走れることを実感しました。
沿道は2重、3重の人垣、気持ちが高ぶります。そして、新宿歌舞伎町、都会のど真ん中、一番の繁華街を走りぬけるのは爽快でした。序盤は下り、ペースが上がり過ぎないようにセーブしているつもりですが、キロ5分のペース、やはり速くなっています。
今回は、東日本大震災の翌日に大きな地震のあった長野県栄村を昨年7月訪れた際に、購入した「がんばろう栄村」のステッカーを貼って、走っていたのですが、同じステッカーを背中に貼っている人を見かけたのですが、声をかける暇なく、颯爽と追い抜かれてしまいました。
市ヶ谷防衛省前を通り過ぎて、飯田橋の5キロは25分1秒、下りを考慮しても多少速いペースで通過しました。5キロの給水は、昨年ボランティアをしていた場所、給水のボランティアに「ありがとう」感謝しながら、走って行きました。
(そういえば、今年の給水はペットボトルではなかったような。。昨年は、ひたすらキャップをはずす作業をしていた記憶があります。)
飯田橋を過ぎると皇居方面へ、徐々に人の流れもスムーズになってきました。「お侍さん」、「ちょんまげ」、「江戸時代の人」色々な声援を受け、それに答えながら、時には子供たちの応援団とハイタッチしながら、快調に走っていきます。
仮装ランナーも多いですが、沿道の仮装応援団が多いのも東京マラソンならではないかというぐらい皇居あたりから、ガチャピンが増えてきます。仲間の応援団の声援を受けて、日比谷の10キロも快調に通過、25分21秒、ほぼ設定タイムにペースが落ち着き、自己ベスト更新への期待が膨らみます。この後は、平日、慣れ親しんだ道へと進みます。
(つづく)
2012年2月26日(日) 9:10 東京マラソン スタート
今回の東京マラソンは、
1)初めての2月のフルマラソン(その他1月、7月はなし)
2)12年ぶりの東京でのフルマラソン (荒川以来)
3)完走すれば、20歳のつくばから始まって60回目の完走 (出走は64回目(北海道2回、長野1回、田沢湖1回、関門閉鎖で棄権あり)
そんな記念の大会となります。
年度末に仕事が忙しく、1~3月のフルマラソンは体力的・時間的に厳しく避けていて、春先と10月~12月に前泊して長野や別海町や青島を走っていたのですが、東京マラソンなら、多忙でもコース上に職場があるので何とか?なります。
とはいえ、東京マラソンに向けた練習はとれず、12月~1月は、奥むさし駅伝出場のため、長い距離を走らず、短い5キロの距離をひたすら走っていて、2月は多忙で、10キロレース2回のみで、完全に走り込み不足です。
それでも東京マラソン前週の10キロでは、スピード練習の成果は出て、初めて43分台でを出して、ひょっとしたら、東京マラソンでも自己ベストを出せるかもしれないとささやかな期待を抱きました。
東京マラソンでは、30キロまでもたないかもしれないと思いつつ、5キロ25分30秒のペースで走ることにしました。
*********************
「スタートのピストルで紙吹雪が舞う」、テレビでしか見られなかった光景を、目の当たりにできる幸せ。おまけに、一番、紙吹雪を浴びれる絶好のポジションで、東京マラソンを走れることを実感しました。
沿道は2重、3重の人垣、気持ちが高ぶります。そして、新宿歌舞伎町、都会のど真ん中、一番の繁華街を走りぬけるのは爽快でした。序盤は下り、ペースが上がり過ぎないようにセーブしているつもりですが、キロ5分のペース、やはり速くなっています。
今回は、東日本大震災の翌日に大きな地震のあった長野県栄村を昨年7月訪れた際に、購入した「がんばろう栄村」のステッカーを貼って、走っていたのですが、同じステッカーを背中に貼っている人を見かけたのですが、声をかける暇なく、颯爽と追い抜かれてしまいました。
市ヶ谷防衛省前を通り過ぎて、飯田橋の5キロは25分1秒、下りを考慮しても多少速いペースで通過しました。5キロの給水は、昨年ボランティアをしていた場所、給水のボランティアに「ありがとう」感謝しながら、走って行きました。
(そういえば、今年の給水はペットボトルではなかったような。。昨年は、ひたすらキャップをはずす作業をしていた記憶があります。)
飯田橋を過ぎると皇居方面へ、徐々に人の流れもスムーズになってきました。「お侍さん」、「ちょんまげ」、「江戸時代の人」色々な声援を受け、それに答えながら、時には子供たちの応援団とハイタッチしながら、快調に走っていきます。
仮装ランナーも多いですが、沿道の仮装応援団が多いのも東京マラソンならではないかというぐらい皇居あたりから、ガチャピンが増えてきます。仲間の応援団の声援を受けて、日比谷の10キロも快調に通過、25分21秒、ほぼ設定タイムにペースが落ち着き、自己ベスト更新への期待が膨らみます。この後は、平日、慣れ親しんだ道へと進みます。
(つづく)
0 件のコメント:
コメントを投稿