2010年5月19日水曜日

2010野辺山高原100kmウルトラマラソン(レース編 その2)

<野辺山高原100キロウルトラマラソンの後編です>

50キロ以降は、再び緩やかな上りが続く道になり、長い下りで酷使した脚は暑さも加わって悲鳴をあげていました。もう歩くようなスピードで55キロを6時間44分で通過しました。

このあたりは唯一の折り返しのポイントがあり、前を走るランナーとすれ違うコースで、このきついコースで仮装したランナーも通過していきます。

ようやく着替えポイントのある59キロの折り返し地点に到着、そばでは、パンダの着ぐるみランナーがかぶり物を脱いで、ヘトヘトの表情をしていました。自分だけが苦しいわけではないと思いました。

ここでは靴下をはきかえ、足に消炎クリームを塗って、ランニングベストも置いて、身軽な格好にして気分転換を図り再スタートしました。

60キロは7時間39分で通過、正午を過ぎて、気温が上昇してきて、体力も気力も奪われ、ヨレヨレ状態でした。こんな時、民家の私設エイドのお茶が 気力を振り絞る糧となりました。

65キロは8時間20分で通過、ここで再び壁のような上り坂が現れ、走る気力を奪い去られました。上っても上っても坂が続き、ほとんど歩きの状態でした。途中、炭酸飲料が飲みたくなり、自販機で購入して、喉をうるおして、何とか上っていきました。



70キロは、9時間17分、この5キロは1時間近くかかり、かなり遅くなり、完走に黄信号が灯り始めました。
71キロ関門は、71キロの部のゴールでもあり、ゴールの温泉に入ってさっぱりしている人もいて、ちょっとうらやましく思いつつも、やはり馬越峠を越えなければ、野辺山じゃないと思って、エイドでそばを食べ、再び走り始めました。

峠が近付いて、日陰が増え、体感気温が下がり、少し楽になり、上りでも走れるようになって、74キロまでは抜かす人数も増えてきました。そして、馬越峠につながる道に入ってきました。

ここからの5キロは、傾斜がきつく、歩くのが精一杯、周りをみても、ほぼ全員歩いて上っています。
75キロは10時間5分で通過、静寂な森の中をただひたすら歩き、頂上が早く来てくれるのを願っているのですが、途中、はるか上に歩いているランナーが見え、あんなに高いところまで上らなければいけないのかと、気が沈みそうになりました。


そして、79キロついに馬越峠の頂上に到達、そこから見晴らす景色は達成感も連なって最高でした。しかし、まだ気は抜けません。残りは21キロを約3時間、90キロからの最後の10キロは上りがあり、最後まで気を緩めないと心に誓って、下っていきました。

80キロは、11時間4分で通過、
事前に経験者から下りは要注意と言われたこと、2009年に走った「日本平桜マラソン」で急激な下り坂で思い切って下ってその後の平地で地獄を見たことを思い出して、焦る気持ちを抑えて、足の負担を考えて、ゆっくり下って行きました。


85キロは、11時間40分で通過、
ここから、平坦な河川敷コースに入り、やっと普通のマラソンコースを走れると思って安堵しました。
87キロの最終関門を11時間56分で通過、しかし、ここを通過できても、ゴールに14時間以内に入らないと完走メダルはもらえません。下りで少しタイムは挽回しましたが、まだまだ安心できる時間ではなく、エイドでうどんを食べて、すぐにスタートしていきました。

90キロまでは、遅いながらも走り続けて、12時間21分で通過、あと10キロを1時間38分、どのような時間配分でいけば完走できるか頭を巡らします。
しかし、90キロ手前から、また上り坂の連続、さすがに走ることができず、歩くことになり、どんどん貯金がなくなってきます。

どんどん夕暮れが近づいてきて、吹く風も冷たく、制限時間までのカウントダウンが始まります。前後のランナーも少々焦りはじめている気配を感じます。

95キロ地点、13時間13分で通過、この5キロは51分かかり、あっという間に貯金が減りました。残り5キロを46分、平地であればクリアできるタイムですが、まだ上りが続く中では、本当に微妙なタイムです。
最後の気力を振り絞ってスパートしました。ただ気持ちはスパートしていても、足は思うように動きません。

96キロ地点通過 この1キロも9分半、8分台では走れていると思ったのにショックでした。このままでは本当に危ない、残り4キロ37分絶対に歩かないと心に決め、きつい上りも走りました。

97キロ地点通過 この1キロ9分、残り28分。少しペースが上がりましたが、まだ歩いたらアウト、走り続けます。ここからはほぼ平坦になり、前後のランナーもゴールへ向けて皆ラストスパート、周りのペースが速くなってきました。
この地点 からゴール地点のアナウンスがよく聞こえ、制限時間までのカウントダウンをしていて、ちょっと焦りました。

98キロ地点通過 残り19分半、まだ微妙な時間、苦しさを抑えて走り続けます。
99キロ地点通過 残り11分、ようやく、完走できるような目途がついてきました。でも歩いてしまったらどうなるか分からないので必死で走ります。しかし、目の前には踏切が、「電車来るな」と心で叫びながら、無事踏切を通過しました。

踏切を越えると、沿道に100キロ走ったランナーのゴールを迎える観衆が増えてきました。
そして、ラスト数百メートルは、道幅が狭くなり両脇に多くの観衆が集まり、最高のウイニングロードができていました。

「完走おめでとう」、「よく頑張った」、「お帰りなさい」という祝福の声の嵐がかかり、今まで一番ウルウルして、ようやく完走を確信して、ゴールテープを切りました。

13時間56分30秒、今までで最も苦しいウルトラマラソンが終わりました。
しかし、首にかけてもらった完走メダルは、今まで最も重く感じました。

ゴール後は、力を出し切って、しばらくは立つことができませんでした。
ペンションに戻って飲んだビールは、最高の一杯でした。











<ラップタイムと目標との差>
5km 31:40       -2分20秒
10km 1:07:38 (35:58)-6分22秒
15km 1:49:18 (41:40)-9分42秒
20km 2:29:26 (40:12)-14分34秒
25km 2:58:37 (29:11)-17分23秒
30km 3:36:09 (37:32)-14分51秒
35km 4:09:13 (33:04)-14分47秒
40km 4:46:20 (37:07)-12分40秒
45km 5:28:18 (41:58)-9分42秒 
50km 6:00:07 (31:49)-10分53秒

55km 6:44:51 (44:44)休憩含む -1分9秒
60km 7:39:52 (55:01)休憩含む +8分52秒
65km 8:20:25 (40:33)+8分35秒
70km 9:17:53 (57:28)+26分53秒
75km 10:05:38 (47:45)+24分38秒
80km 11:04:34 (58:56)+33分34秒
85km 11:40:37 (36:03)+24分37秒
90km 12:21:59 (41:22)+20分59秒
95km 13:13:44 (51:45)+27分44秒
100km 13:56:30 (42:46)+25分30秒

(その3へ)

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マラソンの記録

【フルマラソン】

◆男子世界記録 2時間00分35秒 ケルビン・キプタム(ケニア) 2023年10月 シカゴマラソン (2分51秒5/km)

◆男子日本記録 2時間04分56秒 鈴木 健吾 2021年2月 びわ湖毎日マラソン(2分57秒7/km)

◆女子世界記録 2時間09分56秒 ルース・チェプンゲティッチ (ケニア) 2024年10月 シカゴマラソン (3分05秒/km)

◆女子日本記録 2時間18分59秒 前田穂南 2024年1月 大阪国際女子マラソン (3分18秒/km)

◆自己記録  3時間37分32秒 2013年12月 青島太平洋マラソン(5分09秒/km)


【100km】

◆男子世界記録 6時間05分35秒 Aleksandr SOROKIN (リトアニア)  2023年5月 Vilnius (LTU) (3分39秒/km)

◆女子世界記録 6時間33分11秒 安部 友恵 (日本) 2000年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン (3分56秒/km)

◆自己記録 12時間13分41秒  2009年6月 サロマ湖100kmウルトラマラソン(7分20秒/km)

記録

【ハーフマラソン】
◆男子世界記録
 57分30秒 Y.ケジェルチャ(エチオピア) 2024年10月(スペイン・バレンシア)(2分44秒/km)
◆男子日本記録 1時間00分00秒 小椋 裕介 2020年2月(香川丸亀国際ハーフ)(2分50秒6/km)
◆女子世界記録 1時間02分52秒 レテセンベト・ギデイ(エチオピア)2021年10月スペイン・バレンシアハーフマラソン (2:58.8/km)
◆女子日本記録 1時間06分38秒 新谷仁美 2020年1月 米国・ヒューストンハーフマラソン (3:09.5/km)
◆自己記録  1時間37分12秒 2013年11月 江東シーサイドマラソン(4分36秒/km)